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命をいただく、ということ

突然だが君たちは肉を焼いたことがあるだろうか。何を急に、と思う者もいれば、肉くらい焼いたことあるさ、と憤る者もいるだろう。では、質問を変えよう。君たちは炭火で、串に刺した鶏肉を焼いたことがあるだろうか。おそらく、そんな経験を20歳までにしている者の存在は稀有だろう。大半の人はない。なぜこんな質問をしたのか、それはおいおい伝えていく。まずはこの文章を無垢な心情で読んでほしい。


私はくしやバル新二年生の長谷川というものである。筑波大学人間学群教育学類に所属しており、サークルはインバーハウスという団体で、アルティメットとかいう皿を投げるスポーツをやっている。しかしここではそれは重要なことではない。以後は私の所属するチームの紹介だ。私のくしやバルの厨房でのポジションは焼き場。Yaと表す場合もある。私のポジションの主な仕事は、注文を受け、その伝票通りの品物を忠実に焼く(調理する)。これだけだ。しかし厨房の構造上、YaはAr(洗い場)に近いので、Arがピンチのときは私がよくカバーに入る。なのであなたはどこのポジションなんですか、と聞かれたら、YaとArです、と答えるようにしている。こまかいことを言えば、となりのDr(ドリンク)もやることが多いがここでは割愛させていただく。一緒に働いているチームメイト、やまべとおかもとのポジションはHo(ホール)がメインだが、同じくArとDrをやる場合も多い。と、私のチームの紹介はこのくらいにして、早速普段の試合中の私の動きについて言及していきたいと思う。


試合が始まると、SS(刺場)にいる店長から伝票のパスをトラップし、表示されている肉を冷蔵庫から取り出す。今回解説していくのはよく注文がはいる焼きとり10本盛り合わせ通称「焼き十」である。焼き十は塩味五本、たれ五本からなり、どの肉を焼くかはYaの裁量に一任されている。私はレバー、砂肝、はつ、ささみ、なんこつの5本を塩味に、せせり、もも、かわ、つくね、ねぎまの5本をたれと決めている(しかし、試合中は練習通りいくとは限らないので、そこらへんは臨機応変さが問われる)。提供する順番は、塩→たれだ。このコンボが最もダメージを与えられる。なので先に塩用の5本を焼き台に載せ、料理酒をかけて塩をふる。レバーなどの赤身類は比較的火が通りやすいので、火力が穏やかな場所において問題ない。ささみとなんこつ(軟骨のあいだにささみを使用)も火が通りやすいが、あまりやりすぎると身が固くなってしまい、不快な食感になってしまうので絶妙なタイミングで火からあげなければならない。そうこうしているうちにたれ用の5本も台に載せ、本格的な試合が始まる。その瞬間、世界は自分と肉だけ切り取られ、(店長以外の)誰の介入も許されない。にぎやかだった厨房の音は遮断され、ただ肉の身が弾ける音と、炭が爆ぜる音がするのみになる。完全に肉と自分だけの空間が創生されるのだ。肉から零れ落ちる油が炭に触れると、炭は唸りをあげて火を大きく、強くする。串を回転させる両手もろとも焼かれ、跳ねる油の一滴一滴が五指を襲う。しかし精神が肉体を凌駕している彼の体はもはや何の痛痒も感じず、ただ目の前の肉を極上に仕上げることのみを考えていた。まさに、双方で交わされる命のやりとりが、そこにあった。油が眼球に飛び込むようなことがあれば、彼も無傷では済まない。しかし彼は決して目をつむらなかった。なぜなら、肉に対する敬意があったからであった。死してなお焼かれ、果てには人間の胃に収まる。そんなかわいそうな鳥たちの最後の輝ける場所が、焼き場なのである。彼は焼き場に入った以上、その肉たちの最後の晴れ舞台を看取る義務があり、彼らに塩やたれで死化粧を施して送り出してあげなければならないのだった。それこそが、焼き場の仕事の真骨頂であった。そして華々しく火花をまき散らし、真の意味で生を終えた肉たちを、そっと皿にのせ、送り出す。ある種の葬送儀礼といっても過言ではなかった。これでひとつの試合は終了だ。あとは何番の卓か伝えつつ、アホ面こいてるやまべかおかもとに渡せばいい。やまべはかつて言ったことがある。熱いしだるいし焼き場なんて絶対入りたくない、と。それを聞いたとき、私は悲しくもなり、同時に哀れにも思った。彼は命をいただくということをまだ理解できていないのだ、と。無論、彼の言い分もわからないではない。しかし、実際焼いている者にしかわからない感覚なのかもしれなかった。私が冒頭の質問を通じて何を伝えたかったのか。それは、命をいただくということの意味の重さである。最近はやれIHだの、オール電化だの、調理を楽にする技術が進歩し、食材に向き合うということが忘れられていると思う。君らもフライパンで肉を焼いたことがあるとは思うが、それでは肉たちの最後の輝きを看取れない。相手との命のかかったやりとり、それこそが料理なのである。だからこそ、君たちには一度でいいから炭火で肉を焼いてみてほしい。

ここまでながながと話をしてきたが、要はくしやバルで一緒に働こうってこと。これが言いたかった。

次のブログリレーはまっつんというなんの面白味もない男です。彼のポジションはWe(ウエルシア)。興味のある人は読んであげて。

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